深澤 寧司
/ Yasuji FUKASAWA

 北海道大学科学技術コミュニケーション養成プログラムCoSTEP第17期選科A修了。素材メーカー研究所勤務。日本バーチャルリアリティ学会認定上級バーチャルリアリティ技術者。常時4~8匹のわんにゃんずに囲まれた生活を送っています。

 大学院にて応用数学理論に基づく数値流体解析を学び、所属企業では20年以上に亘って、流体に限らず様々なシミュレーション業務に従事してきました。その過程で、数多くのステークホルダーが介在する企業内の問題に対して、共感コミュニケーションの重要性と必要性に気づき、2017年より「百聞は一見に如かず、一見は体験に如かず」をモットーに、XR(VRやMRなどの総称)を用いた共感協創型開発(バーチャルプロトタイピングや感性プロダクトモデリングなど)の実現を目指した研究・開発を進めています。

【所属学会】日本計算工学会、日本バーチャルリアリティ学会、日本感性工学会

新しいコト・モノへの人の反応

 シミュレーションを用いた研究・開発に長く従事してきた過程で、様々な技術バックグラウンドを有する社内外のステークホルダーと仕事を重ねてきました。と同時に、高い頻度でシミュレーションのことを誤解しているコメントを現場で数多く聞いてきました。誤解内容の詳細は割愛しますが、誤解傾向にある方々に共通していたのは、「シミュレーションという名前や表面的な内容は知っているけども、シミュレーション本来の機能や果たす役割、利用方法、メリット、デメリットを正しく理解していない」というものでした。まさに、狭義の科学技術コミュニケーションやレギュラトリーサイエンスに通ずる問題に、私は長らくビジネス上で直面していたわけです。新しいコトやモノへの人の反応というものは、たとえ分野やシーン、シチュエーションが違えども、そこは「ヒト」である以上、潜在する課題に大きな差はないように思います。

言葉でも伝わらないこと

 日本はハイコンテクスト文化とよく言われます。阿吽の呼吸や空気感など、私は日本企業に勤めていますので、これまでも場の雰囲気というものはビジネスの最前線でも重要であったことは事実です。ただし、「新技術の開発」や「新製品の上市」などの新しいことを始める際には、関係者間で言葉や取り組みの定義をより細かく明確にしながら、ローコンテクストなスタンスで臨むことも当然あります。ただし、最近では人の感性に投げかける製品やサービスも多く、私もそのような業務にも携わることも多くなってきました。その中で、言葉で伝える難しさにも直面する頻度も高く、因子分析などの評価方法を取り入れながら、人の感性の定量化を用いた製品設計も進めています。

 さて、この難しさは何かと言うと、特に感性モダリティが高い感性対象の場合に出現します。その代表的な対象の一つが『美しい』です。「あの人の容姿は美しい」「この音色は美しい」「この数式の解法は美しい」などなど、各々同じ言葉の表現ですから、何となく通じる部分を感じることが出来ると思います。とは言え、使われるシーンや使う対象が多岐に富んでいますので、「これ、どういう意味だろう?」と思う部分があることを否めないのではないでしょうか?実際、商品開発へ取り組む際には、当然のことながら大きな障壁となってしまいます。言葉で伝えることの限界を感じながら、因子分析のような数理的な手法も取り入れてはいるものの、抜本的にブレークスルーすることは出来ないだろうか、と他の手法探索も並行して続けていました。

XRによる体験型共感を目指して

 「あの時の夕陽は本当にロマンチックでした」「あの夜の星空は最高にファンタスティックだった!」など、過去目のあたりにした経験を人に説明する際、写真やビデオを相手に見せながらその時のシーンを紹介すると思います。説明に用いられるデバイスは、スマホ画面やモニター、プロジェクション映像などで、説明される側は提示された情報を観ながら想像を働かせるのが普通だと思います。ただし残念ながら、説明者が実際に体験した情緒的な内容、例えば、全視界に広がる夕陽の赤さや星の煌めき、心地よい波の音や涼しげな虫の声、などは伝えたい内容のほんの一部しか伝わらないでしょう。伝えられる側が未体験な内容であれば尚更です。ビジネス上でも、同様なシチュエーションとして、新しい技術の性能や新製品の魅力を訴求する場面が相当します。私自身も伝えたいことがうまく相手に伝わらず、歯がゆく、悔しい思いを何度も経験しました。

 そこで現在、体験そのものの疑似共有を実現し、共感度を高める有望な手段の一つとして、XRを用いたコミュニケーションの展開、業務上での活用を目指しています。XRはクロスリアリティの略で、VR(Virtual Reality)やMR(Mixed Reality)などの総称です。実スケール、実時間での3次元事象をXR空間上で再現し、複数ユーザーが同一の体験を可能とするものです。最近では「メタバース」というサイバー空間を人工社会として、小売業を中心としたビジネス展開やエンターテイメントイベントの開催などが盛んになってきました。「社会」まで創り上げずとも、共通体験が出来るコンテンツを通して、身近で小さなスケールからでも共感し合える場を構築することは、まさに新たなコミュニケーションの創生と言えるのではないでしょうか。XRを用いたコミュニケーションによって、まず私は業務上の課題を解決していきたいと考えています。

今後

 私の場合、科学技術コミュニケーションを実践する場は当面企業内での業務となります。ただし、XRを用いたコミュにケーションの自由度は高く、様々な科学技術コミュニケーションシーンへも有効だと思われますので、私も機会があれば、住んでいる地域コミュニティの中で老若男女を問わず参加可能なイベント開催やシームレスな交流&意見交換に活用したり、自然災害時の誘導訓練などにも利用していきたいと考えています。もし、皆さんがお考えの科学技術コミュニケーション方法において、XRを一つの要素技術として検討してみたい場合には、気兼ねなくお声掛け下されば嬉しいです。

 また、詳細には全く触れませんでしたが、わんにゃんず生活における楽しい生活、ドッグスポーツ、動物とのコミュニケーションに関しても、20年以上の経験を生かした実生活レベルでの知見も持ち合わせていると自負しています。病気やペットロス(;これまでに既に5匹を看取ってきました)などに関して、わんにゃんず生活では避けては通れない話題についても、感情のコントロールや気持ちのあり方など、関心がある方々からのご連絡もお待ちしております。